景観研究室 Cultural Landscape Section 四万十川流域の文化的景観
四万十川流域の文化的景観
奈良文化財研究所では平成18 ~22年度の第2期中期計画において、文化的景観の保護行政に資する調査研究を研究業務の柱の一つとして位置づけ、さらに、文化遺産部に景観研究室を新設しました。文化的景観の制度が運用されて間もない時期であったので、景観研究室では文化的景観の基礎的概念や調査方法、価値評価、保存計画、整備・活用に関する基礎的・実践的な検討をおこなうとともに、そのモデルケースを提示することを念頭に置き、四万十川流域を対象としたフィールド調査を進め、現在も継続的に助言・協力をおこなっています。
平成18年、四万十川流域の5市町と高知県は、連携して四万十川流域の重要文化的景観選定を目指す合意をし、文化的景観に関する勉強会が開始されました。その後、流域5市町と高知県により組織される四万十川流域文化的景観連絡協議会が設置され、そのオブザーバーとして奈良文化財研究所が位置づけられたのです。
複数の自治体が連携しての重要文化的景観選定への取り組みは全国で例がなく、流域5市町が足並みを揃えた取り組みが必要でした。奈良文化財研究所では各自治体と調整を重ねながら、四万十川流域全体を見据えた調査手法、価値評価の方向性、保存計画の枠組みを提示することを自主的に進め、流域5市町の取り組みを援助しました。その間、平成18 ~19 年度には梼原町と四万十市から、平成19 年度には四万十町からの調査委託を受け、市町単位での重要 文化的景観の選定申出に係わる調査及び報告書の作成も実施しています。
関係諸機関の取り組みの結果、高知県内の5市町が申出を行った「四万十川流域の文化的景観」の5物件は、平成21年2月12 日に国の重要文化的景観に選定されました。選定の対象は、四万十川流域の源流から河口までの約36,000ha で、複数の自治体にまたがっての重要文化的景観選定は初めての事例です。選定後、四万十川流域では5市町が連携したシンポジウムの開催や広報活動をおこなうとともに、各市町の整備・活用の取り組みも進められつつあります。
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山間を曲流する四万十川が蛇行跡をつくり出し、残された旧河道は農地として利用される。(津野町船戸)
辻に立ち旅人を迎える茶堂。山ひとつ越えれば伊予に入る。(梼原町茶や谷) |
四万十川流域は広域にわたるため、自然条件に応じて地域的なまとまりが生じます。これは当然のことですが、それでもなお、全体を見通してみたとき、四万十川流域には以下の3点の個性があるのではないかと考えています。
① 地形・地質を基礎に考えると、四万十川流域は、明らかに上・中・下流域に区分される。ただ、同時に、四万十川流域の地形は、川に対して横断的な交通の発達をうながした。その結果、上・中・下流域は、それぞれに別個のまとまりを有しながらも、相似形を描くような生活圏を作り出している。
② 緩勾配の区域が長距離に渡る水系上の特質ゆえに、生態系の連続性と河川交通の及ぶ範囲が広域にわたっている。それゆえに、上・中・下流域は、直接的な連関を必ずしも持たなくとも、間接的に結ばれてきた。
③ この間接的な関連性は、生活・生業に大きな変化が訪れたとき、顕在化する。変化のプロセスを流域全体で見たとき、上・中・下流域間に連鎖的な変化が起こることが見て取れる。
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四万十川河口の集積港として成立した下田。(四万十市下田・間崎)
河口の新たな生業として導入されたヒトエグサ養殖。(四万十市下田) |
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景観研究室では、四万十川流域での調査研究から把握した価値を基に、四万十川流域全体を視覚的にとらえるイラストを「『四万十川流域の文化的景観』全覧図」として作成しました。広域に及ぶ文化的景観を理解するための一つの方法として試みたものです。
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■奈良文化財研究所(2011)『四万十川流域 文化的景観研究(奈良文化財研究所学報第89冊)』
■奈良文化財研究所(2010)『奈良文化財研究所研究報告第5冊 文化的景観研究集会(第2回)報告書』「広域の文化的景観をどう捉えるか 四万十川流域を事例として」
■奈良文化財研究所(2009)『奈良文化財研究所研究報告第1冊 文化的景観研究集会(第1回)報告書』「四万十川流域の文化的景観」