景観研究室 Cultural Landscape Section 文化的景観研究集会(第2回)

文化的景観研究集会(第2回)

テーマ :「生きたものとしての文化的景観 変化のシステムをいかに読むか」
開催期日:平成21年12月18日(金)~19日(土)
開催場所:奈良県歯科医師会館講堂(奈良文化財研究所に隣接)

プログラム
12月18日(金) 13:00~16:45
12:30~ 受付開始
13:00~13:05 開会挨拶 田辺征夫(奈良文化財研究所 所長)
13:05~13:15 趣旨説明 清水 重敦(奈良文化財研究所)
基調講演
13:15~14:00 金田 章裕(大学共同利用機関法人 人間文化研究機構)
生きたシステムとしての文化的景観
【第Ⅰ部 文化的景観に内在する変化のシステム】
基調報告
14:00~14:40 横張 真(東京大学大学院 新領域創成科学研究科)
変化する農村景観を保全する
14:40~15:20 西山 徳明(九州大学大学院 芸術工学研究院)
集落・町並みの保存理論からみた文化的景観
<15:20~15:30 休憩>
事例報告
15:30~15:50 吉田 博嗣(日田市)
小鹿田焼の里文化的景観の取り組みについて
15:50~16:10 惠谷 浩子(奈良文化財研究所)
広域の文化的景観をどう捉えるか―四万十川流域の文化的景観―
16:10~16:30 東原 直明(泉佐野市)
「日根荘の文化的景観」について
報告へのコメント
16:30~16:45 宮城 俊作(奈良女子大学 生活環境学部住環境学科)
12月19日(土) 9:00~15:30
【第Ⅱ部 文化的景観における有形と無形の間】
基調報告
9:00~9:40 井上 典子(文化庁文化財部記念物課)
都市の文化的景観における有形と無形―評価指標を巡って―
9:40~10:20 宮本 佳明(大阪市立大学大学院 工学研究科都市系専攻)
モノに宿る土地の履歴―「環境ノイズエレメント」とは何か?―
10:20~11:00 菊地 暁(京都大学 人文科学研究所)
棚田のこと、アエノコトのこと―石川県輪島市「白米の千枚田」から―
<11:10~11:15 休憩>
事例報告
11:15~11:45 杉本 宏(宇治市)
宇治の文化的景観―都市の文化的景観の事例とその課題―
11:45~12:15 植野 健治(平戸市)
 平戸島の文化的景観
<12:15~13:30 昼食>
【第Ⅲ部 総合討議 文化的景観における変化のシステムをめぐって】
13:30~15:25 パネルディスカッション(各報告者+宮城俊作)
座長:清水 重敦
15:25~15:30 閉会挨拶  小野 健吉(奈良文化財研究所 文化遺産部長)

文化的景観研究集会(第2回)の総括

 景観研究室では、平成21年12月18,19日の2日間に渡り、文化的景観研究集会(第2回)「生きたものとしての文化的景観?変化のシステムをいかに読むか」を開催しました。昨年度の第1回研究集会において文化的景観概念の輪郭と多様性についての共通認識を得たことを踏まえ、本年度は、文化的景観の価値 評価を巡る問題を採り上げました。参加者は200名余りに及び、文化的景観への関心が引き続き高い水準を保っていることを物語っています。
 人の生活・生業と風土とが結びついて形成されてきた文化的景観は、人の住むところであればどこにでも存在します。この意味では、埋蔵文化財の概念と 似ているかもしれません。ただし、文化的景観は物理的なモノありきではなく、読解によって浮かび上がってくる領域的なまとまりであるため、既存の文化財概念の延長上に位置付けることが困難だと感じられることが多いようです。文化的景観という文化財の範疇への理解を深めるためには、それを認識するための視点、それは住民による内的な見方と住民外からの外的な見方をともに含むものですが、すなわち価値評価の方法を議論していく必要があるわけです。
 文化的景観は、時間をかけて徐々に形成されたものであり、それは現在も生き、変化し続けています。変化しながらもアイデンティティを保ち続ける文化的景観にとって、変化すること自体が本質である、ともいえます。ここにも、文化的景観を文化財として位置付ける上での難しさが表れています。既往の文化財保護の考え方からすれば、どこまで変化を許容しうるのか、という問題の立て方をしてしまいがちですが、変化しながらも自己同一性を保ち続ける、いわば生き物のごとき性格を有する文化的景観においては、その変化のシステムをこそ、明らかにしなければならないわけです。よって、本年度の研究集会では、「生きたもの」としての文化的景観における変化のシステムのとらえ方を、議論の主題として設定いたしました。
 金田章裕氏(人間文化研究機構、歴史地理学)による文化的景観保護制度の成立史を踏まえて概念のアウトラインをわかりやすく説いた基調講演の後、第1日目のテーマを「文化的景観における変化のシステム」、第2日目を「文化的景観における有形と無形の間」とし、それぞれ複数の基調報告、事例報告がおこ なわれ、最後に総合討議として活発な議論が交わされました。
 1日目に報告された文化的景観における変化の現象把握としては、横張真氏(東京大学、農村計画学)による近江八幡の水郷景観におけるヨシ地の変遷が、わかりやすくかつ本質をついていました。50年間のヨシ地の領域を追いかけると、明らかに場所が移動していながら、面積の総和には大きな変化がないこ とが明らかにされています。ヨシ地の移動は、ヨシ利用上の論理だけでなく、水路や水田の利用と変化が関連しているはずであり、変化のシステムは単一の景観要素のみで成立するものではないことが、ここから示唆されます。変化のシステムを、景観要素相互の関連性、と言い換えることもできるかもしれません。
 小鹿田焼の里(吉田博嗣氏)、日根野荘(東原直明氏)、四万十川流域(恵谷浩子氏)の事例報告においても、それぞれの文化的景観を構成する各要素は、変化しつつも相互の関係のなかにおいてある種の安定したシステムが保たれていることが理解されました。
 景観を構成する要素は、有形要素に限られるものではありません。そもそも生活・生業は無形要素というべきものでもあるわけで、どのような文化的景観であれ、有形・無形の要素が絡み合っているはずです。2日目は、有形と無形の関係、つまりモノとコトの関係につき、検討をおこないました。モノとコトの関 係は、モノやコトそれ自体にも宿ります。宮本佳明氏(大阪市立大学・建築家)、菊地暁氏(京都大学・民俗学)の報告では、それぞれモノ、コトから見た土地ないし景観の読解の方法、問題が明快に論じられました。宇治(杉本宏氏)、平戸島(植野健治氏)の文化的景観の事例では、特に無形要素の掘り起こし、ある いは無形要素自体の歴史的重層性の解明が進められていることが報告されました。とはいえ、モノとコトの両者が重なる場面にこそ、文化的景観のオリジナリティが存在します。井上典子氏(文化庁記念物課)からは、モノにこだわりすぎるとそもそも変化するものである文化的景観の本質を見誤ることが舌鋒鋭く指摘 されましたが、言い換えれば、モノとコトを横断的にとらえる視点によらねば、文化的景観の価値評価はなしえない、という提言と受け取ることができます。
   以上の議論からは、有形と無形に分類されさらに個々に細分化される既存の文化財概念から、文化的景観という概念が大きくはみ出していることが自ずと理解されますが、この点を敷衍し、むしろ文化的景観を既存の文化財を包括する位置付けの概念として考え直すことができないか、という西山徳明氏(九州大学、都市計画学)からの提言がなされました。また、宮城俊作氏(奈良女子大学、ランドスケープデザイン)からは、計画者の立場から文化的景観概念を捉える 独自の視点も提示されました。文化的景観の概念把握の問題がまだまだ議論の余地を大いに残していることを痛感させられます。
   保護制度としての文化的景観は、保護ないし整備活用の対象が主に有形要素となっており、ともすればモノの保存に力点を置きがちです。しかし、文化的景観は、それぞれに変化を内包するモノとコトとが、相互に関連を持ちながら、まとまりを保ち続けるものです。モノとコトとのバランスを、いかに現状の保護 制度によって担保していくのか。今回の研究集会の議論は、この問題点の提出に結論を集約できるのではないか、と考えます。
 今年度の研究集会の成果を踏まえ、今後、文化的景観の概念についての議論、そして文化的景観保護行政に資する研究をおこなう研究会を立ち上げることを企画しています。研究会において議論を積み重ねた上で、次年度には、文化的景観保護行政における計画上の諸問題について討議する研究集会を企画していき たく考えております。(清水重敦)


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