景観研究室 Cultural Landscape Section 文化的景観研究集会(第1回)

文化的景観研究集会(第1回)

テーマ :「文化的景観とは何か?―その輪郭と多様性をめぐって―」
開催期日:平成21年2月20日(金)~21日(土)
開催場所:奈良文化財研究所 平城宮跡資料館講堂

プログラム
2月20日(金) 13:00~17:00
13:00~13:10 開会挨拶 田辺征夫(奈良文化財研究所 所長)
13:10~13:30 趣旨説明  平澤 毅   (奈良文化財研究所 文化遺産部)
【第Ⅰ部 基調講演:文化的景観の視点】
13:30~14:20 西村 幸夫 (東京大学 先端科学技術研究センター)
文化的景観と都市保全学
14:20~15:10 中越 信和 (広島大学大学院 国際協力研究科)
文化的景観と景観生態学
15:10~15:30 休憩
【第Ⅱ部 基調報告:文化財保護法と景観法】
15:30~16:15 鈴木 地平 (文化庁 記念物課 文化的景観部門)
文化的景観保護行政の取り組みと課題
16:15~17:00 脇坂 隆一 (国土交通省 公園緑地・景観課 景観・歴史文化環境整備室)
景観行政の現状と課題について
【情報交換会】
17:30~19:30 於:平城宮跡資料館講堂、会費:4,000円
2月21日(土) 9:00~15:00
【第Ⅲ部 事例報告:様々な文化的景観】
基調報告
9:00~ 9:30 奈良 俊哉 (近江八幡市 協働政策部 地域文化課)
全国文化的景観地区連絡協議会事務局の取組 ―「近江八幡の水郷」を端緒として―
9:30~10:00 吉原 秀喜 (平取町 アイヌ文化振興対策室)
アイヌの伝統と近代開拓による沙流川流域の文化的景観
10:00~10:30 中谷裕一郎(金沢市 都市政策局 歴史遺産保存部 歴史建造物整備課)
城下町金沢の文化的景観
10:30~11:00 惠谷 浩子 (奈良文化財研究所 文化遺産部)
四万十川流域の文化的景観
11:00~11:30 西 慶喜 (山都町教育委員会 生涯学習課)
通潤用水と白糸台地の棚田景観
<11:30~13:00 昼食>
【第Ⅳ部 総合討議:文化的景観とは何か】
13:00~14:55 パネルディスカッション
座長:上原 眞人(京都大学大学院 文学研究科)+パネリスト9名
14:55~15:00 閉会挨拶  山中 敏史(奈良文化財研究所 文化遺産部長)

本研究集会の概括
■文化的景観の概念とその特徴
 「景観」という概念は大きく2つの観点で捉えられます。一つは、景観を主に見た目から捉えるもので、一般に普及しているのはこの観点です。いま一つは、ある地域において自然的・人文的なシステムが相互に関係した結果、植生や土地利用として表れたものであると捉える観点です。この場合は、景観を相互作用の結果として位置付けるため、その背後にあり、自然との関わりにおいて社会や文化を形成し、地域を変化させてきたシステムやプロセスに価値が見出されます。
 「文化的景観」は後者の観点に軸足を置いています。さらに文化的景観を捉える上でも、これまでの具体的事例の検討を踏まえれば、2つの重要な観点を示すことができるでしょう。すなわち、農林水産業に関連する文化的景観は「持続可能なエコシステム」として、一方、採掘・製造、流通・往来及び居住に関連する文化的景観は「保全的都市形成プロセス」として、その実態を把握できるものと捉えられます。

総合討議 会場の様子

■保護制度上の特性
 文化的景観はある一定の景観的特徴を示す「景観地」を対象としていることから、その価値の捉え方次第で非常に広い区域を対象にすることができます。これまで積み重ねられてきた建造物や庭園のような単体レベル、また伝統的建造物群などの地区レベルでの保護の実績を踏まえ、より広い圏域レベルでの保護を可能にしていることは文化的景観の特色といえます。今回の報告にあった沙流川流域や四万十川流域、金沢市の事例は、流域全体や旧城下町全体を価値の対象としたもので、文化的景観の特徴をよく示していました。
 文化的景観の対象は様々ですが、農林水産業に関連する文化的景観は生活や生業の在り方そのものが景観を形成しており、そのシステムに本質的価値があると捉えられます。しかし採掘・製造、流通・往来及び居住に関連する文化的景観、特に金沢市のように都市の全体性を価値の対象にした場合では、その内部に含まれる生活や生業の在り方は複雑で、そのシステムが景観に必ずしも直結していません。そのため、前者の保護においては景観の背後にあるシステムの継承に焦点が置かれ、後者では価値を踏まえた都市計画の在り方に焦点が置かれています。

総合討議 パネリスト1

■文化的景観の課題と可能性
 農林水産業に関連する文化的景観においては、現在行われている管理システムが継続されていく限り、ゆるやかに変化しつつもある一定の景観が維持されていく可能性は高いですが、その対象が広域になればなるほど内在する生活・生業の在り方は多様になり、林業と水産業との依存関係のように、それぞれの景観地内だけで完結しない複雑な課題が生じてきます。文化的景観の保護を通じて、今まで個別に生活や生業の安定性を議論してきた視点から、それらを一連のシステムとして捉え、その安定性を問う視点へと変化しつつあることは、文化的景観をきっかけとした持続的な地域経営への足掛かりとして期待できるでしょう。
 一方、採掘・製造、流通・往来及び居住に関連する文化的景観は、産業の変化や都市の発展とともに斬新で不可逆的な変化が速いスピードで起こるため、何を安定した仕組みとして保護していくべきなのか、判断が難しいという課題があります。このような景観地は、区域の画定を行う際に判断材料となりやすい自然的要素が希薄である上に多様な要素を含み、さらに区域外の影響を受けやすいため、文化的景観の区域設定を適切に扱うための手法についても十分に検討する必要があります。
 この他にも文化的景観に関する重要な課題は多くありますが、今回の事例発表等を通じて、文化的景観の取組には、地域を熟知して丁寧に価値づけし、長い目でその保護に取り組む体制の必要性が確認され、改めて地方公共団体における文化財専門職員の重要性が示されました。また文化的景観保護行政の推進と質の向上を図る観点から、取組事例や研究事例の収集や蓄積、その検証、さらにそうした情報の提供・発信が求められており、奈良文化財研究所の今後の取組に対する期待も提示されました。
  文化的景観は、多様な価値のあり方を許容する文化財であり、ひとつの制度の下で様々な対象を取り扱っていくことになります。この保護のために、今後は、文化的景観の持つ柔軟性を活かしながらその価値を見出し保護していく手立てや、有形・無形の観点からこれまで取り組まれてきた保護ツールを活用する手法等を構築していく必要があるのではないでしょうか。(惠谷浩子)

総合討議 パネリスト2

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