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日々年輪を見ながら思うこと

2013年11月  
 
 今年の秋、伊勢の神宮では第六十二回式年遷宮がおこなわれました。白木の香りも芳しい社殿の傍らに佇むと、「日本人に生まれて本当に良かった、そしてヒノキにたずさわる仕事をしていてつくづく幸せだ」と深く感じ入ります。そんな今回の作寶樓子は、主に年輪年代学の研究をしています。年輪年代学の詳細について語り始めると、この紙面をあっと言う間に埋め尽くしてしまいますので、ここでは割愛させていただきます。詳しくお知りになりたい方は、奈良文化財研究所 [編] の『図説 平城京事典』掲載「年代をはかる」の節などをご覧ください。今回は、年輪年代学の研究を通して、作寶樓子の思うことなどを述べさせていただきます。 

 まずは、年輪データの取得の大切さについて。年輪年代学の調査は、調査対象をじっくり観察したうえで、年輪幅のデータを採取することから始まるのですが、このときにしっかりとしたデータを取れるか否かで、のちの研究成果のすべてが決まってしまいます。年輪年代学におけるクロスデーティング(年輪幅のデータ系列同士を比較して、年代を明らかにすること)とは、統計学でいうところの時系列データの相互相関マッチングです。故に、たとえ一年でも年輪の存在を見誤ると、年輪幅データのマッチングに成功せず、頭を悩ますことになります。調査に際しては、顕微鏡、カメラのファインダー、コンピュータスクリーンなどを通して、年輪の語る声を正確に聞き取る気持ちで臨んでいます。 

 そして、千載一遇の機会を得て年輪データを採取しているという自覚と緊張感を持ち続けること。建造物や美術工芸品などの文化財については、多くの場合、解体修理などの機会に合わせて年輪年代調査をおこないます。伊勢の遷宮は二十年ごとですが、文化財の解体修理は、数百年に一度というたいへん貴重な機会なのです。少なくとも、作寶樓子の生きている間に同じ物件を再調査する機会は、まず訪れないでしょう。次に調査の機会が訪れるのは、百年後か、はたまた三百年後になるのか。その時に、年輪年代学や諸科学が現在よりさらに進歩して、後世の研究者から、「x年前の作寶樓子の年輪年代調査は、酷いものだった。」と言われることのなきよう、一期一会の心境で現在の調査に取り組むのです。とりわけ、研究者としての一時の功名を得んがための勇み足だけはせぬよう、重々留意しています。 

 また作寶樓子は、「ヒノキの年輪は、人間の成長によく似ているな」と感じることがあります。ヒノキにとって、芽吹いてから五十年や百年の内はまだまだ子供です。このような年輪データをマッチングにかけても、個体差が大きすぎてなかなか他の個体や標準的な年輪データと一致しません。二百年から五百年にかけては、青年期から壮年期といったところでしょうか。この頃の年輪データは、他の個体や標準的な年輪データとよくマッチングし、広域的に共通するイベントの影響などもよく反映しています。そして千年を迎える頃には老いの境地に達するのか、淡々と狭い年輪を刻み続けていくのです。ちょうど、「幼少年期は個性豊かで少々やんちゃでも、大人になると分別をわきまえて世間に馴染み、老いて孤高の境地に至る」といった人生のように、木も成長を続けるのです。 

 文化財の年輪年代調査をしていると、古代や中世、江戸時代の初め頃までは、樹齢五百年を超える年輪に出会うことが多々あります。ところが、江戸時代も半ばを過ぎると、樹齢数百年の良材にはなかなか出会えません。現在、日本で最も良質とされる木曽ヒノキ(ちなみに伊勢の第六十二回式年遷宮にも使用されました)でも、樹齢は三百数十年といったところです。木材の需要と供給などの経済的な諸事情もあるでしょうが、将来の年輪年代学研究や木の文化を継承するためにも、良材を大切に育て、時に応じてその内の幾らかを伐採して木の物語を聞かせてもらい、貴重な木材を大切に使わせていただきつつ、絶やすことなく次の世代に伝えていきたものです。 

 

樹齢三百数十年の木曽ヒノキの年輪

 画面右側は、ヒノキの木口面(水平断面)に表れた年輪の画像です。左上に髄(幹の中心)、下側が樹皮(幹の外周)方向になります。このヒノキは、1994年に岐阜県加子母村(現在の中津川市)で伐採されたもので、十~二十年ごとの年輪に該当する年代を記入しています。 
 左側には、小目盛1mm・数字1cm刻みのスケールを配しました。わずか30cmほどの中に289年ぶんの情報が、年輪として刻まれているのです。 

※ この画像の年輪は、樹高約5mの位置で採取した円盤標本の一部です。木の樹齢は、芽生えてからの年数を意味しますので、地表付近の年輪を数えなければ、正確な樹齢にはなりません。地面から樹高約5mへ至るのに数十年を要したと考えられますので、このように表記しました。

 
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(埋蔵文化財センター 主任研究員 大河内 隆之)