天武天応がめざした国家建設

国宝 金銅小野毛人墓誌
京都市上高野出土 崇道神社
©京都国立博物館
国宝 金銅小野毛人墓誌
遣隋使小野臣妹子の子である毛人の墓が、京都市左京区上高野崇道神社裏山で江戸時代に発見された。その地は古代の山背国愛宕郡小野郷に属し、小野氏の本拠地にあたる。石室に納められていた墓誌は、長さ58.9cm、幅6.0cmの短冊形をしている。鋳銅製で鍍金され、毛人が天武天皇の代に太政官と刑部大卿を兼任、「丁丑年」677年(天武6)に墓が造られ葬られたことを48字で簡潔に記す。小野氏が「朝臣」姓に改められるのが、684年(天武13)であること、「大錦上」の位は死後贈られたと考えられることなどから、墓誌は墓より後に作られ、持統朝以降に追納されたと考えられている。冒頭に、天武天皇を「飛鳥浄御原宮治天下天皇」と表現する。