壬申の乱

桂甲 飛鳥寺塔心礎埋納品
7世紀の武器・武具
 7世紀の武器や武具の出土例は少なく、古墳出土品や、正倉院に伝存する資料から推測せざるを得ない。甲は、ウロコ状の小鉄板を紐で綴り合わせた挂甲が主流で、後世の 胴丸風の短甲も存在した。
 しかし鉄製の甲を使用できたのは一部の者で、一般の兵士は、せいぜい鉄板を縫い込んだ程度の綿ヨロイで身を守ったのであろう。
 大刀は黒漆塗りの質素な長さ60〜70cmの直刀が主流。弓は梓や槻製の長さ2mの丸木弓を使用。矢は長さ85cm前後の篠竹製で、50本を「胡祿」に納めて腰に下げた。この他に鉾や楯も使われた。
 また後の「軍防令」には、個人の標準装備として刀子や脛巾、鞋、砥石、飯袋、水桶などを備える規定がみえる。