飛鳥の宮殿—豊浦宮・小墾田宮—

豊浦寺下層で見つかった豊浦宮の建物跡
豊浦寺下層でみつかった豊浦宮の建物
豊浦宮での推古天皇の即位は、崇峻天皇暗殺のわずか1ヶ月後のことであった。したがって、新たに宮殿を造営したとは考えられず、ここに拠点をかまえていた蘇我氏の邸宅の一部が宮殿に転用されたものとみられる。地形上、その範囲は最大でも150×80m程度だろう。なお、豊浦宮はその後、僧寺である飛鳥寺に対して尼寺(豊浦寺)となった。発掘調査では、講堂や金堂の下層から、石敷をめぐらす掘立柱建物や礫敷がみつかっている。