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平城京の入り口である羅生門をくぐると、75mもの幅をもつ朱雀大路がまっすぐ北に向かってのびていました。そしてその4km先には平城宮の正門である朱雀門が建っていたのです。
朱雀門の前では外国使節の送迎を行ったり、時には大勢の人が集まって歌垣なども行われました。正月には天皇がこの門まで出向き、新年のお祝いをすることもありました。朱雀門の左右には高さ6mの築地がめぐり、130haの広さの宮城をとりかこんでいました。
朱雀門は衛士たちによって守られ、常時開いていたわけではありませんが、宮の正門としての権威とともにその勇姿を内外に誇示していたと思われます。



朱雀門の復原研究は、昭和39年度に同跡地を発掘調査し、翌年に十分の一の模型を制作したところから始まりました。その後同54年度から材料と工法に関する研究を7年間にわたり続けた後、同61年度から3年継続で「平城宮朱雀門の意匠と構造に関する研究」をおこないました。
朱雀門に関する直接資料は、発掘調査によって明らかになった、基壇を示す基礎と地業、平面規模を知る柱位置、出土した屋根の瓦です。これらの事実に基づき、現存する古代建築や文献資料を参考に、今日までの建築歴史研究の成果や、明治以来百年の蓄積をもつ文化財建造物修復で得た知見などをもとに、想定を加えながらの復原研究が行われました。



朱雀門の構造形式に関する直接的資料はありません。今回の復原では平安宮朱雀門が二重門であることなどから二重門と設定し、その基本構造を、古代に於いて唯一の遺構である法隆寺中門に倣いました。朱雀門は奈良時代前期の建築であり、その年代が法隆寺よりくだることから、様式は同年代の薬師寺東塔を参考にしました。そして、朱雀門の規模が大きいために、各部材の大きさや比例関係などは、より近い条件を持つ東大寺転害門も参考にしました。西部は、たとえば軒の納まりは海龍王寺五重小塔、風鐸は四天王寺講堂出土品、尾垂木のこぐち金物は薬師寺出土品、鴟尾は唐招提寺金堂・橿原市太平寺出土品、難波宮出土品などを参考にしています。



奈良時代の建物はその時代特有な構造的脆弱さをもっており、現代的な構造上の安全も確認されているわけではありません。そこで、この建物を実際の建築として成り立たせるために、まず純粋に奈良時代建築を考え、それに加えて必要に応じた補強対策をとることにしました。
今回の復原では、奈良時代から今日まで建物が存在し続けたと仮定し、そこに加えられたであろう中世・近世に新しく開発された工法を出来るだけ見え隠れに取り入れることで伝統的な木構造を保つことにしました。しかし、当然ながら法規上は現代の建築建物として扱われ、構造力学的な安全性の裏付けが必要となり、小屋組内に筋違を入れ、初重の壁は内側を木枠と金属で固めました。
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●地図
近鉄大和西大寺駅から徒歩20分
「平城宮跡」バス停下車、徒歩20分。
またはJR奈良駅・近鉄奈良駅方面から
「二条大路南4丁目」バス停下車、徒歩3分。

●入場料無料。
随時ボランティアによる解説あり。
団体の場合の解説には予約が必要。

●休館日 月曜日(月曜が祝日の場合はその翌日)
年末年始 その他特別の場合

●開館時間 9:00〜16:30(入場は16:00まで) |
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(資料・写真等の無断転載は禁止します)


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復原した朱雀門。
朱雀大路に向かって開く平城宮の正門。
元日や外国使節の送迎の際に儀式が行われたほか、都の男女があつまって、恋の歌をかけあうのを天皇がみるというイベントもここでおこなわれました。 |
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ライトアップ実施中
(ライトアッププロムナード・奈良実行委員会)

1月〜6月、9月〜12月
毎日 午後6時〜10時

7月〜8月
毎日 午後7時〜10時 |
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