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古代の木簡でよく使われた漢字

2015年12月 

 古代の人が書いたもの、といえば、何とも難解なイメージがありませんか。しかも、飛鳥藤原京や平城京の時代には、まだ今のようなひらがなやカタカナがなく、すべて漢字で、都で発見される木簡にも、たくさんの漢字が書かれています。そんな世界に飛び込むには、漢字の勉強での苦い思い出がよみがえるのか、足がすくみますが、木簡に書かれた文字をリストアップしてみると、意外にも、私たちがよく使う漢字が多いことに驚きます。第100位までは以下のとおりです。

 十人日一部月二呂大国五三六年郡升八四上万米斗七田廿麻位九天里郷下平百口合嶋受進子足石戸御右内中主女広道文斤伊山調海物小少連司従安野長秦佐古前家宮河白臣卅正直等所若生阿初豆川木不丈高神魚申真多塩太宿波守

 これをみると、第1位の「十」と同じく、「一」から「九」の漢数字が上位に集中しています。「廿」と「卅」は、現代ではあまり使わない文字ですが、これも「二十」と「三十」を表します。これらの漢数字は、都のお役所仕事に用いた文書や帳簿、全国各地から送られる荷物(貢進物)の荷札に不可欠な、日付や数量を表すのに用いられるものです。この他、行政地名を表す「国」「郡」「郷」「里」、人の名前で男性名によく使われるマロの「万」と「呂」、全国から都にたくさん送られ、人々のお給料としてよく支給された「米」や「塩」が入っています。実のところ260種類くらいの漢字で、総使用文字数の八割が占められていました。つまり、日常用いた漢字の種類はさほど多くないのです。そして、これらの多くは今でも小学校の学年別漢字配当表に含まれています。例えば、十などの数字は全て1年生、「国」「里」「米」は2年生、「郡」「塩」は4年生、「郷」は6年生で習います。つまり小学生のうちに、木簡でよく使用される漢字は、かなりマスターできそうなのです。

 しかし、当時のお役人の卵が覚えた漢字はそれらばかりではありません。中国の『千字文』という手習いの書のうち、木簡によく使われる260文字が該当したのは、160文字くらいでした。それ以外の、あまり使わない文字も一所懸命練習していたことでしょう。つまり、古代の人びとの頭の中にある漢字はもっと広がりがあったはずです。都から出土した木簡に書かれた漢字の種類は約2200種類もあります。私たちも、実際に使う漢字と、見たらわかるけど使わないというような漢字があるのと同じようなことですが、難しい文字もたくさん吸収していたのではないかと思います。

 とはいえ、今の私たちは、ネットやワープロ、辞書など、文字に関する便利なツールがたくさんありますが、そうではなかった古代を想像すると――どのように頭の中に字形と読み方、意味を吸収していたのだろうとか、知らない漢字に遭遇したときどうしていたのだろうとか、漢字がやけに得意なお役人がいたかもしれないとか――古代の人びとが漢字と接するその瞬間ごとに、想像の世界がふくらみます。

 最後に、この100位のリストに登場する漢字がたくさん登場する木簡を紹介します。独特の書きぶりには困ってしまいますが、お米の数量や人の名前がたくさん書かれています。みなさんも一つひとつの文字を写真とともにたどってみてください。

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使用頻度上位の漢字の使用例

(都城発掘調査部アソシエイトフェロー 井上 幸)

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