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西トップ遺跡通信8(2015年8月25日) [Western Prasat Top 8]

 長らくお休みをいただいていた西トップ通信を久々に再開します。
 現在、西トップ遺跡南祠堂再構築が大詰めを迎えています。

 西トップ遺跡はアンコール王朝最盛期であるバイヨン期より後のポスト・バイヨン期と呼ばれる時期(13世紀後半~15世紀前半)におおよそ今見る形に造られたことが分かりました。アンコール王朝最末期の遺跡の一つであると言えます。しかしながら、アンコール王朝末期の歴史についてはこれまでほとんど研究されず、この時代の遺跡の本格的な調査修復事例はありませんでした。
 つまり私たちのプロジェクトがアンコール王朝末期の遺跡に対する初めての調査修復事例になったのです。そのため、事業の進行にあたり、慎重な調査を要しました。

 そして2012年にスタートした南祠堂の解体修復事業。
 解体前、躯体部は大きく南へ傾いていて危険な状態でした。
 3年半におよぶ解体作業、発掘調査を経て、西トップ遺跡の歴史と当時の職人たちによる細かな仕事の跡を確認することができました。
 そしてこれらの作業を通して、私たち自身も少しずつですが、成長することができているのではないかと感じています。

 今後、不定期にはなりますが、奈良文化財研究所による西トップ遺跡調査修復事業についてご紹介していきたいと思います。

 今日は石工による作業の紹介です。
 いま、南祠堂の下成基壇再構築作業がほぼ完成に近づき、あとは外側のモールディングと呼ばれる装飾部分の削り出し作業を残すのみです。
 本来ならば、オリジナルの石材を再構築においても使用するのですが、破損状態がひどく再使用が困難である石材や、行方不明の部材は、新しい石材を用いて再構築せざるを得ません。そこで出番となるのが石工たちです。

 新しい砂岩を適したサイズで切り出し、所定の場所に填め込みます。
 次に、ラフな形に削り出します。最後に左右の石材と位置や厚み照らし合わせながら、モールディングの装飾を完成させます(写真1、2)。
 これらの修復作業を通してみると、アンコール時代の職人たちの技術の高さに気付かされます。
 作業には石工としての高度なスキルと感覚が必要とされますが、日々の作業を通して、先輩石工から若手石工へと技術が継承されていきます。
 きっとアンコール時代の石工たちも、このように技術を代々受け継ぎながらアンコールの寺院群を造り上げていったのでしょう。

 

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写真1

 

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写真2

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