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庭園の記録

2015年5月

 庭園は、石・草木・水をはじめとする様々な自然の素材が土地と一体となって構成される文化財であり、草木の成長や風雨による浸食などにより刻々と変化することを宿命としています。庭園の魅力が、季節や気象条件によって様々な姿を見せてくれるように、「変化すること」は庭園の価値そのものです。一方で、庭園を変化するままに放置することは、その存亡に関わる問題となります。そのため、変化を予想しながら適切に人が手をかけていくことが、庭園の保存において最も重要となります。このような日常的な変化とはまるで違う変化により、庭園が存亡の危機に陥ることがあります。その一つが災害です。

 作庭家で庭園史家の重森三玲という人がいます。重森は、昭和14年に『日本庭園史図鑑』全26巻を刊行し、日本各地に所在する約350庭の庭園の実測図、写真や写生、関連史資料を掲載しました。大変驚くべきことですが、ここに載せられた実測図は、昭和11年から13年という短期間に、重森自身が協力者と現地に赴いて測量・作図したものです。重森にこの熱意と努力をもたらす契機となったのが、昭和9年9月21日に京阪神を中心として甚大な被害をもたらした室戸台風でした。室戸台風により桂離宮をはじめ、京都の名だたる庭園の高木や建物がなぎ倒され、復旧をよぎなくされました。重森は、次にまたいつ起こるかわからない災害の備えとして、一刻も早い庭園の記録保存が重要だと考えたのでしょう。この『日本庭園史図鑑』は、最もよく参照される資料として現在も利用されています。

 庭園の記録といった時、庭園は見て楽しむものだから写真が一番であると考える方が多いかもしれません。もちろん写真も重要な記録手段なのですが、写真だけでは庭園の全体の構成を捉えることはできません。樹木によって隠れてしまう土地の起伏や骨格、庭園を構成する全ての要素とその配置を記すのが、実測図の役割です。庭園の実測図は、主に1/50の縮尺の平面図を基本とし、緻密な石組によって構成される箇所等は1/20や1/10の縮尺の立面図等を作成します。近年は、レーザースキャナーによる三次元測量等、人的労力が少なくかつ精細な記録ができる技術の実用化が目覚ましく、庭園の測量でも多く用いられています。一方で、人の手で描かれるアナログな1/50の平面図の有効性も、まだまだ高いものがあります。というのも庭園の平面図では、石・草木・水そして地形など、様々な要素を一枚の図の中におさめる必要があり、一目見てその素材がわかるような図になっている必要があります。三次元測量等により得たデータを二次元の「図」として描く場合、このアナログな「描き分け」の部分が再現されがたく、結果としてわかりにくい図になってしまう場合があるのです。庭園の実測図をわかりやすいように描くと、自然に「図」として美しいものになっていきます。美しい図面からは、石の質感すら伝わってきます。精確さが求められる実測図において、美しさは不要だという意見もあるかもしれませんが、美しい図面は、庭園の美的な要素を含む様々な情報を内包しており、記録としても有用であると私は思っています。

西本願寺滴水園(部分).jpg

本願寺滴水園実測図(部分、奈良文化財研究所1996年作成)

 (文化遺産部研究員 高橋 知奈津)

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