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(81)古代の薬

1300年 変わらぬ医療

 古代の人々にとって、薬は非常に高価で、現代ほどに生活に身近なものではありませんでした。古代の都を発掘調査すると、天皇や貴族のすまいの近くや、役所付近でしか、薬を用いた様子を確認できません。平城宮には内薬司(ないやくし)や典薬寮(てんやくりょう)という薬を扱う役所があり、医師や薬剤師のような専門スタッフがそろっていました。

 一体、彼らはどのような薬を使っていたのでしょう。藤原宮や平城宮の発掘調査では、薬の原料につけられていた木簡や、調合された薬品名が書かれた墨書土器が出土しています。

 木簡に記された薬の原料名を見てみると…「当帰(とうき)」「葛根(かっこん)」「麻黄(まおう)」「麦門冬(ばくもんどう)」「茯苓(ぶくりょう)」「杜仲(とちゅう)」「竜骨(りゅうこつ)」「桔梗(ききょう)」「人参(にんじん)」「牛膝(ごしつ)」「知母(ちも)」…等々。

 いくつか見覚えがあると思い、私の家の救急箱をあけてみると、「麦門冬湯」(麦門冬や人参などを調合した咳(せき)の薬)が入っていました。今も1300年前の人々と同じような薬を使っていることにびっくりします。

 病気の時に古代人が頼ったのは薬だけではありません。「まじない」も立派な医療行為でした。最後は見えざる力に頼るというのも、1300年間変わっていないんですね。

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古代から、このような材料を調合して薬をつくっていた

(奈良文化財研究所研究員 中川あや)

(読売新聞2014年11月23日掲載)

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