漢字のみ和歌に遊び心
古代の「うた」には、漢詩と和歌の2種類がありました。前回は漢詩のお話をしましたので、今回は和歌について考えてみましょう。
和歌とは「やまとうた」のことで、五・七・五・七・七と句をつらね、31音でつづった短歌に代表されます。その歴史は古く、飛鳥・奈良時代の和歌を集めた『万葉集』には、4500首あまりの歌が収められています。『懐風藻(かいふうそう)』に収められた漢詩が約120首ですから、『万葉集』の歌がいかに多いかがわかります。作者も天皇・貴族から一般庶民にまで及び、和歌がそれだけ広く親しまれていたことがうかがえます。
和歌は日本語の「うた」ですから、声に出せば、その場の人々みんなで味わうことができました。『万葉集』の古い時期の歌には、宮廷の儀式や民間で口々に歌いつがれた歌が多いと言われています。
一方で、日本語の「うた」を書き留めるには、工夫が必要でした。なぜなら、当時の文字は漢字のみ。まだ片仮名や平仮名がなかったからです。『万葉集』の歌も、原文はすべて漢字です。
「奈良乃美夜古」(ならのみやこ)のように、多くは一音に漢字一字を当てましたが、中には「蜂音」と書いてハチが飛ぶ音の「ぶ」、「八十一」で「くく」と読ませる遊び心も見られます。
文字の制約を逆手にとって、表現の幅を広げる。万葉びとの発想力には、まったくおそれいります。
飛鳥池工房遺跡で出土した木簡。「止求止佐田目手」(とくとさだめて)などの和歌らしき文字が記されている
(奈良文化財研究所研究員 桑田訓也)
(読売新聞2014年6月8日掲載)