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製作地をさぐる難しさ

2014年10月

 遺跡から出土した遺物が、どこで製作されたのかは、常に研究者が意識する課題の一つです。その遺跡が工房などの製作址であれば別ですが、遺物は廃棄場所や使用場所から出土することが多いため、にわかに製作地がわかるケースは非常に少ないと言えます。

 考古学の研究者が製作地を追求する際には、まず遺物の形状や製作技法、材質の共通性などに着目します。例えば、宮都で出土する瓦の製作地は、製作技法や胎土などから、窯跡出土の瓦と比較して絞り込んでいきます(前号「瓦礫は語る」参照)。また、自然科学分野の研究者と協力して、科学的な裏付けを得ながら製作地を追求する方法もあります。弥生時代の青銅器は、含まれる鉛の同位体比に着目することで、原料の供給地が中国か、朝鮮半島か、日本かを明らかにする研究が進められています。

 私は考古学の立場から、奈良時代や平安時代の鏡を研究してきました。奈良時代の鏡は、唐で流行した鏡の影響を大きく受けており、彼地で製作されたものか、日本で製作されたものかという問題が常につきまといます。鏡背文様の凹凸が鮮明な優品は唐鏡、凹凸がぼんやりしているものは、唐鏡をかたどって鋳造をおこなった国産品、という区別がされたこともあるのですが、近年中国で刊行された写真の鮮明な図録などをみると、文様の凹凸が不鮮明な唐鏡が案外目につきます。見た目だけでは、なんとも製作地を決め難いということになります。

 正倉院事務所に勤めておられた保存科学の研究者・成瀬正和さんは、正倉院の宝物鏡や奈良時代の出土鏡の蛍光X線分析をおこない、金属組成が大きく3パターンにわかれ、それぞれ唐製、日本の官営工房製、私営工房製であるという画期的なデータを示されました。このデータを元に各地の鏡の蛍光X線分析を進めていけば、製作地の解明が大幅に進むのでは、と期待されます。とはいえ、蛍光X線分析装置を扱い、測定データを読み解く作業は、考古学研究者が一朝一夕にできるものではありません。

 私はかつて、ほぼ同じ直径の鏡について唐鏡と日本出土鏡で比較した場合、後者の重量が軽く、鏡胎の厚みが薄い傾向にある可能性を指摘したことがあります。製作の際の原料銅の使用量や、研磨の方法などの違いが、それらに表れていると考えたからです。この可能性を高めるためには、かなりの数の資料を調査する必要があり、まだまだ時間がかかりそうです。

 昨年には、奈良文化財研究所の研究活動の一環として、栃木県日光男体山頂遺跡で出土した奈良・平安時代鏡の調査をおこない、蛍光X線分析も計画されました。持ち運びが可能な分析装置を使えば、現地で測定が可能なのですが、条件設定が厳密でない測定になってしまうので、金属組成の細かな比較が難しいとのこと。そこで、鏡を所蔵されている二荒山神社のご協力のもと、奈良文化財研究所まで鏡を運び、据え置き型の蛍光X線分析装置で測定し、製作地の解明に資する詳細なデータを得ることができました。今後も、比較したい資料について、同様の装置で測定することが理想なのですが、そう簡単なことではないでしょう。

 古代の鏡の製作地をさぐる道のりは短くもなく、平坦でもありませんが、細々と歩み続けたいと思っています。

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蛍光X線分析装置(モニターの左隣)

      (企画調整部研究員 中川 あや)

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