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(44)役人の勤務時間

残務処理 帰宅は遠い

 古代の役人の朝は早く、夜明け前に家を出て平城宮へと通勤しました。

 律令をはじめとする決まりによると、朱雀門などの宮の外門は、日の出の20分ほど前に開かれました。宮内の朝堂院の門が開くのは、さらに1時間あまり後で、夏至で午前6時半頃、冬至でも7時50分頃に仕事が始まりました。ずいぶん早いですね。

 しかし仕事が終わるのも早く、およそ4時間後、退庁の鼓の合図とともに、役人は朝堂院での仕事を終えました。役人の勤務時間が早朝から昼までという古くからの理解は、この規則を根拠にしています。

 ところが、これには後段があります。朝堂での仕事を終えた後、役人は所属する役所に戻り、残務がなければ帰宅し、忙しいときは仕事を終えてから帰宅しなさい、というのです。さすがに、昼までで帰宅できた役人は少なかったのではないでしょうか。

 平城宮・京跡から出土した役人の勤務評定の木簡によると、役人の勤務時間は、「日」「夕」「夜」の三区分で管理されていました。「日」は早朝から昼まで、「夕」は午後から夕方までの勤務で、「夜」は衛士(えじ)などの勤務にみられることから、夜勤のことでしょう。下級役人の中には、一年に「日三二〇、夕一八五」も働いた者も知られ、その猛烈な仕事ぶりには頭が下がる思いがします。

 

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長屋王邸跡から出土した役人の出勤日数を記した木簡

(奈良文化財研究所主任研究員 山本崇)

(読売新聞2014年2月23日掲載)

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