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新しい「光」

2013年8月

 文化財の調査研究には様々な「光」や「電波」が使われています。地下の遺跡を探査する地中レーダー探査、遺物の内部の状態を映し出すX線透過試験やX線CTスキャン、木簡の文字などの解読に使われる近赤外線カメラ、遺物の材質分析には、X線、紫外線、可視光線、赤外線などが利用されています。これらの「光」や「電波」が文化財の調査に用いられる理由は、「もの」に触れることなく、しかも「もの」を壊すことなく、調査ができるという利点にあります。大切な文化財の調査にはおあつらえ向きなのです。もちろん、"過ぎたるはなお及ばざるが如し"で、強すぎる「光」や「電波」を用いることはできません。今回はその中でも最近実用化のめどがたった新たな「光」の利用についてご紹介します。

 その新しい「光」はテラヘルツ波という光です。テラヘルツ波は「光」である赤外線と電波である「ミリ波」の間の周波数帯にあります。金属を透過することはできませんが、布、木材、紙、陶磁器、漆喰などをある程度透過することができます。このテラヘルツ波の性質を利用して文化財の内部の様子を可視化しようとするのが、テラヘルツイメージングという調査法です。

 高松塚古墳の壁画が劣化して大問題になったことは記憶に新しいところです。カビによる汚れなどにより、極彩色の絵が大きなダメージを受けました。高松塚古墳壁画の劣化問題については、絵の部分だけが取り沙汰されているようにみえますが、実は石材と漆喰層も深刻な問題を抱えているのです。特に絵が描かれている漆喰層はボソボソになっています。しかしながら、厚さが1ミリから5ミリほどの漆喰層の内部の状態をどのように調べたらいいのでしょうか?

 石材の大きさを考えるとX線透過撮影やX線CTは使えません。赤外線も表層付近に入り込むことができるだけで、漆喰層にまで入り込んでその状態を映し出すことはできないのです。ところがテラヘルツ波はちょうどこの厚みの漆喰層に入り込んでその内部の状態を映し出すことができるのです。しかも、地中レーダーやX線CTのように断面の画像を得ることもできます。これまで、見たくても見ることのできなかった部分をテラヘルツイメージングで見ることができるようになりました。

 この新しい「光」、テラヘルツ波は、文化財の調査研究と保存修復に新たな光明をもたらすことでしょう。

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女子群像THz測定結果

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高松塚古墳壁画の漆喰の状態

(埋蔵文化財センター保存修復科学研究室長  高妻 洋成)

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