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柱穴の魅力

2009年2月

 写真にみえる穴は、藤原宮の周囲を囲んでいた掘立柱塀(大垣)の遺構です。南北一列に並ぶ方形の穴は、柱の根元を埋め立てるために掘られた穴(柱掘方)で、1辺が1.3~1.8mほどと大型です。古代の役所では、このように大型で方形の柱掘方を伴う掘立柱建物が多数見られます。小型で円形の柱掘方を伴うことが多い集落の建物とは対照的です。この特徴は、太い柱を深く埋め立てるなど、建物の規模の大きさを反映しています。そして、役所の建物の柱掘方が方形に掘られているのは、掘り下げるべき柱掘方の位置や大きさを直線的な縄張りなどによって示し、各地から徴発した大勢の役夫にその縄張りにしたがって機械的に掘削させるといった作業方式がとられていたことによるものと思われます。

 『延喜式』には、瓦用粘土の採掘において、硬い土の場合は1人1日あたり4立法尺を掘るという規定がみえ、滋賀県石山寺僧房の造営史料には、柱掘方1基を掘るのに1人1日相当の労働量を要したことが書かれています。藤原宮大垣の場合にも、柱掘方1基を掘り下げるには、1人で1日余りの労力を要したとみられ、全部の柱掘方を掘削するにあたっては、延べ1300人余りの役夫が動員されたと推算することができます。

 上記の大垣の各柱掘方には、それを壊す形で舌状の穴が掘り込まれています。柱を抜き取るために掘られた穴(柱抜取穴)です。柱の抜き取りは建て替えや柱の再利用・転用など意味しています。藤原宮大垣の場合は、遷都する平城宮での再利用に備えたものでした。その柱抜取穴は、10ないし16基以上の単位で同方向に規則的に掘られています。その特徴からは、役夫が10人以上の単位に組織されていたこと、その役夫集団単位に指示通りに柱を抜き取るという、監督のよく行き届いた作業がなされていたことも推定できます。  

 柱が抜き取られず、切り取られたり、柱が立ったまま放棄されたりした場合には、柱の根元が腐ってできた穴(柱痕跡)が柱掘方内部に遺ります。この柱痕跡からは、柱の太さ、柱と柱との間の寸法、柱の並び具合など、建築構造に関わる多くの情報が得られます。

 柱穴は、このように、土木技術、建物の規模・構造、労働力の編成方式などを探る上で重要な情報を多く内包していますが、それらを抽出し分析する作業はまだまだ道半ばです。

 柱穴は地味な遺構ですが、その隠れた魅力にも目を向け、当時の建築・土木技術、柱掘方や柱抜取穴の掘削に汗を流した人々の姿などを思い描いてみてはいかがでしょうか。

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藤原宮東面大垣(第24次調査、南から)

(文化遺産部長 山中 敏史)
※肩書きは執筆当時のものです。

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